星条旗 
 
事の起こりは、スタッフからの通達だった。
「五月になって以来、ジャッキーがパドックの隅っこで静かに丸まってることが多くて。体調不良でしょうか。」
「今日はオールドケンタッキーホームを歌っていました。何か深い悩みでもあるのでしょうか。」
 
そんなことを言われてもハイネルには処理すべき事項が山積で、そんなものは放置しておけといいたいところではあるのだが。
しかし、あの除湿機といわれる明るい万年カラカラ男(うっかり頭もカラカラだと言って喧嘩になったこともある)が、
加湿器よろしくじんめりと丸まっているというのも、チームの士気に影響が出るだろう。
ハイネルは様々な病理学や心理学の症例を洗いなおした結果、ふと思い当たる節があった。
 「・・まさか・・ホームシック?」
 その疑問を立証すべく、ハイネルは携帯電話を手に取った。
「・・シュトロゼックのフランツ・ハイネルです。ミセスグーデリアン・・・・」
 
「やぁ、休憩だ。お茶の時間にする。手を休めてくれ。」
数日して、相変わらず大きな人間加湿器が工具箱の横で「ざ・さーんしゃーんらいず・いんまい・おーけんたっきーほー・・」と
ぶつぶつと呟く パドックに、ハイネルの張りのある声が響き渡った。後ろから、ワゴンにティーセットと、なにやら大きな布をかけたものをのせたリサがにこにこと付いてくる。皆が手を休め、集まった瞬間、ぱっと布を取ると、そこにはA3サイズはあろうかという大きな星条旗のケーキが現れた。 
 「ジャッキー、ジャッキー、すげぇよほら!」
「・・・・ママのバースデーケーキだー!」
スタッフに引きずられるようにしてしぶしぶやってきたグーデリアンの態度は、ケーキを見て一変した。
 「そうなんだよ、ケンタッキーにいた頃、ママはオレの誕生日にはいっつもこれ焼いてくれててさー。バターケーキで、中はジャムが何色も挟んであって、赤と青のバタークリームでー星条旗の星は星型のアラザンで!みんなに祝ってもらうのもうれしいけど、これないとなんか誕生日って気分になんなくてさー。すげぇ食いたかったんだけどドイツのパティスリーにみんな断れて・・すげぇ、色まで一緒だよ!これどこで調達したんだ?!」
 「・・・グーデリアン婦人に私が聞いた。もちろん、食材もお送りいただ゛いてな、」
 「て・・ハイネルがこれ?」
「匂いだけで腹がいっぱいだ。さっさと片付けてくれ。」
「わーい、愛してるぜハイネルーっ!食おうぜー!」
さくさくと取り分けられていくケーキ。しかし原色デコレーションに慣れていないアメリカ系以外のスタッフはいささか躊躇しながら、比較的無難な赤白部分を選んでいく。ジャッキーグーデリアンに至っては、真っ青に染まった星部分を大きく切り取り、頬まで青いクリームをつけながらうれしそうに大口でほおばり始めている。その様子に満足感を簿得つつ、ハイネルは部屋に充満する甘い香りに軽いめまいを覚えた。 
 
 その騒動から六ヶ月。
 あれ以来、グーデリアンは絶好調の成績を残し、今シーズンを終えた。
そんな中、あんなケーキがあったことすら忘れていたストーブリーグクリスマス前。
 
 「ハイネルー♪」
能天気なノックとともにハイネルの仕事部屋に入ってきたのはジャッキー・グーデリアン。
手には大きな白い箱を抱えて。
不審に思ったハイネルは、グーデリアンに問いただした。
「その箱はなんだ・・・」
「あ、これー?こなだのオレの誕生日にケーキ作ってくれたでしょー。だからお礼。」
そこでやっと六ヶ月前の出来事を思い出したハイネル。あれはたしか星条旗で・・
恐る恐る開けると、そこには赤・黄・黒(!)でデコレーションされた馬鹿でかいケーキが。
軽く自分の脳裏から赤血球が撤退していくのを感じながら、ハイネルはフォークがさしだされたのを感じた。
「はい、ファーストバイト〜あーん♪」
「・・・・・・・・・この、バカモノ!!」
「バカってなんだよ!」
「バカはバカだ!大体スタッフが実家に帰ってしまった今、誰がこの不気味にでかいケーキを片付けるんだ!」
「オレの純情とか気遣いとか色々バカの一言?!」
結局今年最後のの大喧嘩になってしまった。
 
なお、ケーキは黒い部分はダークチョコレートクリームだということが判明したため、近くの孤児院にこっそりと、サンタの贈り物として届けられることと相成った。
 
結論。愛は時として武器となる。
 
 
 
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